こんにちは!ジュディです。

東京は雨ですね。
少し肌寒いです。

ついこの前までは暑い暑い言っていたのに。
季節や時候の変化ははかないものですが、二度と同じときは戻らない。
かみしめるように味わいたいです。

それでは、今日のお悩みを聞いていきましょう。

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こんにちは。レイコムと申します。テキストも早々と送って頂いてありがとうございました。

今日のブロクを見て私も18年間セックスレスです。
それどころか、私が近くに行くと避けらている様です。

夫は今年の始めから浮気をしていて(2回目です)今回は証拠を集め離婚を突きつけました。

そんな時ジュディさんのブログに出会い毎日メモをとりながら読んでいるうち、少しずつ自分を取り戻せて来ている様に思えます。

ただ先に申し上げた通り、私は主人にボディタッチ位はしたいのですが、露骨に避けられたら
どうしようと、何十年も触れられずにいます。

ジュディさんのブログから言葉の大事さも学びました。
恥ずかしながら、和解するまでは挨拶の言葉さえ夫には言っていませんでした。

自分にも自信がなく、私の言っていることなんて夫はどうせ聞いていないと思いこみ。。。
専業主婦なので、家事はちゃんとやっているという変な自信ばっかりあって。

今思うと、家族のためと全部自分の思いあがりだったのではないか?と。色々考えさせて頂きました。

本題からそれてしまいましたが、夫も家事を手伝ってくれたり、修復しようと努力をしてくれてるのがわかるだけに、
肉体的接触(大袈裟ですが)は嫌なんだと感じられショックを受けています。

例えば狭い所に夫がいて私が通ろうとすると、必要以上に避けるとか。
電車の隣に座っても絶対体があたらない様にされたり。
私はどうだろう?と考えましたが、私は触れたいのに。の答えばかりです。

長々と失礼しました。ジュディさんに何かアドバイスを頂ければと思いメールしました。

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レイコムさん ありがとうございます。

離婚の問題や日常のやり取りなどをうかがう限りでは、やはり「分離感」がありますね。

気持ちの上での分離感が、肉体的にも避けられるなどの分離を生んでいます。

夫婦の分離が起こってくるのは、やはりベースである信頼関係が希薄であるからでしょう。

分離感を生み出すのは、「正しさ」への固執です。

「私の言い分が正しいんだ」という主張が、ご主人を肉体的に「他人」にしてしまっています。
「正しさバリアー」ですね。

けしてご主人があなたを嫌いだから避けているのではありません。
むしろ好きだから、恐くて触れられないのです。

「正しさ」や「正論」は、確かにその通りなのですが、夫婦の幸せ、特に夫婦の
性的な幸せ感には毒になる場合があります。

性的なことって、理屈じゃないですよね。

セックスは「如何に頭を空っぽにするか」というゲームのようなものです。

私は、セックスは愛してもらおうとか、そういうつもりではしていません。
たんなる「リラックスタイム」です。

ボディタッチも、自分のタイミングで起きはしませんが、そこに「正しさ」や「執着」はありません。

「正しさ」が強くなってしまったのは、「どうせ聞いていない」という誤解からではないでしょうか。

ご主人の修復への努力がうかがえるのなら、「どうせ聞いていない」という視点を
変えてみる必要があると思います。

それと同時に、挨拶するなどの何気ない社会性も育てて行ってください。

いきなりどこか体を触るよりも、まずは「声」で心に先に触れてみてください。

「声」は、相手の心に触れることのできる音楽のようなものです。
音楽って、心を柔らかくしたり、強くしたりできますよね?

意味を通じさせようとか、ちゃんと聞いてもらおうとか、そういう「機能」は期待しないでください。
だって音楽なのですから。

「おはよ~♪」って、まずはご主人のココロにタッチしてみてくださいね。

それではまた。(^^)

ある日ふとした好奇心から、主人の携帯メールをこっそり見てしまったのがすべての始まりでした・・・。 ジュディの「ラブラブ夫婦が使っている魔法のコミュニケーション法」テキスト はこちらから