年賀状を夫婦そろって書き終えました。
こんにちは!ジュディです。

今年は早々と支度できました。
珍しいぞ、旦那(笑)

今年の初めにいただいた年賀状を眺めながら、みなは元気だろうかと思いを寄せてみています。

今年はね、悩んだ時間が長かったー。
悩むことに時間かけ過ぎでした。

それで得た答えは、「悪い方を見ていたよね」でした。

なんかね、まじめ過ぎて自分を責めすぎて、自分で自分を縛ってたんです。
かなり辛い感じだったのですが、どんどん落ち込んで行ってしまって・・・。

で、今朝悟りました。
辛い方を見すぎていたなって。
じゃぁ、楽しい方を見ればいいじゃんって。
そこを信じ切れるかどうかなんですよね。

今後の課題も同時に浮かんできたのですけれども、それは、コップに水が半分「しか」入っていないと思うのか、水が半分「も」入っていると思うのか、そしてそれを信じ通すにはどのようにすればいいのか、です。

つまりは見極めの問題なのですが、見極めの技術みたいな、そういうものの使い方次第でどのようにでもなる、ということ。

たとえば、幸せになりたいとして、幸せになれる選択をして、そのあとどのように受け取るのか、受け取ることに耐えられるのか、ということ。

完璧にできるとは思いませんが、なるべく純粋さを保ちつつ、自分で自分を汚さないようにするとか、落ち込まないようにするとか、防御しないとか、わき見をしないとか、王道をひるまず進むとか、日和見的に主張を変えないとか、批判を恐れないとか、結構大変なものなんです。
それって。

なりきるのに大変というか、天使のままでいるには、どうすればいいのか?って感じなんです。
自分に対して誠実でありたいのです。

私を貫くっていうのも、なかなか大変なことだと思います。
だって途中でやっぱり疲れたり、飽きちゃったり、信じられなくなったりするから。

でも、それをなんとかクリアしたいとも思うのです。

もっとまっすぐに、もっとぶれないように、が、来年の課題かな。

以前だと、そういう目標って、無理だとか、演技だとか、不自然だとか、そもそもありのままじゃないとかで、やることじゃないなと思ってきましたが、今、それをやる必要があるとはっきり分かったみたいです。

そう、太陽なら太陽を貫き通す、ドラえもんならドラえもんであり続ける、みたいな(笑)

途中で、「あ、やっぱ私、ドラえもんじゃないや」とか、そういう『落ちそう』な瞬間があっても、『落ちない』ように頑張りたい、みたいな。

我ながらやっぱり変わった目標ですが、これでいいのだと思います。

人って、変わるとか変われないとか、そういう所にも長々居る必要はないんですよね。
もう、こだわってしまったなら、そこをあっさり抜け出しちゃっていいの。

一度決めたことが出来なくてはダメじゃない!って、責めない。

感じてきたことの答えを出すこと、それでいいんじゃないかと思います。

ある日ふとした好奇心から、主人の携帯メールをこっそり見てしまったのがすべての始まりでした・・・。 ジュディの「ラブラブ夫婦が使っている魔法のコミュニケーション法」テキスト はこちらから