だからこうなって離れてっちゃうんじゃん

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こんにちは!ジュディです。

お友達に手作りローフードのチョコをいただきました。
可愛いし、なんか嬉しい♪

では、今日のお悩みを聞いていきましょう。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

また、やらかしてしまいました…。
—–
期待をしてたんです。
私だけになったと…でも、まだまだだった。
未だに出会い系で女の子と会う約束をしていました。
—–
また見たの、とせめられ、だからこうなって離れてっちゃうんじゃん、と正当化。

私は先ず、そうだね、ご免なさい。と謝りました。

そのあと、少し責めてしまったのですが、最後に、ごめんね。でも、私は傷付いた。とだけ言って話をやめました。

責めなきゃよかったとは思いますが、あとは、主人に任せるしかないかと…

ただ、ものすごく不安です。
また、他の女にはしるのではないかと。
そういうところを信じてないからいけないのでしょうか。
—–

私は今何が見えてないのでしょうか?やはり自分をないがしろにしているからでしょうか?自分を責めているのでしょうか?

私は主人と心の部分で繋がりたいんです。そう思っていつも違う方向に焦ってるんだと思います。そして失敗する。私も学習してないおバカさんですね。

長くなってしまいすみません。
夜は特にとりとめもないことをくどくど書いてしまいます…。
いつもありがとうございます。

「見なきゃいいのに」

そう、ご主人は思っているでしょうね。

実はそれが全てなんじゃないかなと思います。ご主人が言いたいことはソレ。自分を傷つけるのはやめてほしい、もっと楽しんでほしい、もっと大切なことに注意を払ってほしい、もっと自信を持ってどんと構えていてほしいと願っているのでしょう。

あなたの魅力を再発見してほしい。そして追わせてほしいからいまの状況にあると言えるでしょう。

ご主人は追われたいのではなく、追いたいのです。

それにはまず、「一番大事なあなたの今の気持ちはどうなっていますか?」ということなんです。
どこを見ているの?ってこと。

あなたがあなた自身を感受しなければならない時なのです。

自分のために、自分のことに気づいてあげる。それが何より大事なんです。

ご主人に自分だけを見てほしいというのは、すなわち自分がそうありたいからなんです。

もっと自分の事を自分から求めて、認めたいということが表れています。
自己承認ですね。

ご主人と心の部分で繋がりたいとありますが、その前に自分の心と繋がっていなくては。

いま、ご主人に見せられているのは、あなたとあなたの心の関係です。

あなたの心があなた自身へ向かわない限り、ご主人はあなたを求められません。

自分自身をないがしろにして、ご主人の携帯やら、相手の女のことやら、ご主人の行動やらをどうにかしようとしてそこにエネルギーを集中させているあなたは、あなたにとってもう見捨ててしまったような状況になっています。

嫌いになってしまった自分、許せない自分を罰し、蔑み、ないがしろにすることでこころのバランスを保とうとしても、やっぱり振り出しに戻されてしまう。

不安の方ばかりを見て、輝くあなた自身を見ていない。
だからご主人も愛せない。

それならば勇気を出して、再び自分を愛するしかありません。

取り引きして得られるものとは

自分で自分を認めずに、他の人に認めてもらおう、許可してもらおうとしても、その先には何もありません。

勇気を出す部分というのは、やはり自己承認。

そうしてもらいたいことがあるなら、自分がまずそうなること。

わたしなんてとは言わずに、素直に認められたことは自分のものとして誇りを持って良い部分なんです。

それは自己中でもないし、自惚れでもない。自画自賛でもないし、世間知らずでもないし、厚顔無恥でも恥ずかしい事でもありません。

ただ素直に「そういうこと」として理解することです。

たくさんの人に愛情や関心を持ってもらって、助けられてきた自分を思い出してほしいのです。

たくさんの人の愛情をいま、自分のものとして認めるのです。

「人のことを考える」とは、そういうことです。

独りよがりというのは、他者への感謝を忘れた状態。

確かに気に食わない部分もあるでしょう。

でもそれを上回る自分への評価も思い出してください。

あなたは確かに認められた存在なのです。

いまだに認めていないのはあなた自身だけ。

あなたはちゃんと正しい事をして生きてきた。それは誇りに思うべき。

嫌いになってしまった自分だって、正しいと思って良かれと思ってやってきたこと。

ただ自分を愛したかっただけなのです。

素直に自分を愛せたとしたら、もっと勇気が湧くはずです。
自分は自分で良いと、断言できるはずです。

自分が好きになれない自分をもひっくるめて誰が愛してくれたのか、思い出してください。

それは親や夫、子供たちだったかも知れません。

つまりフォローされまくりだったわけです。

じゃぁみんなのためにも大好きな私を大きくしていったらいいですね。

大好きな私を大好きになって、そういう私でいてあげたら、みんなも元気になるでしょう。自分を愛せるようになるでしょう。

何にも無くしてしまっているのは自分。

あなたは空っぽなんかじゃない。大切な実体なのです。

愛情を向ける先

確かにご主人も未熟です。

まだまだ遊びたいだなんて、結婚する資格は無いです。

でも好きなんです、って?

いくら好きな相手(夫)だからといって、それだけであなたは先にボーナスをあげてしまった感じ。えこひいきの猫っ可愛がりをしちゃってます。

それでは裏切られても仕方がない関係です。

嫌われたくない、愛されたいのは分かるけど、そうさせようと必死なのがご主人には透けて見えるのでしょう。

なにか差し出さなくては愛されないと固く信じ込んでいると、そうなります。あなたはありのままの自分が愛されるはずがないと固く信じているのです。

その状態では、お互い育つものも育ちませんよね。

「(愛情の対象が)私だけになった」というのは、独占欲ですが、そこが大きくなりすぎると、相手はうんざりして離れていきます。なぜなら、独占欲は欲であって、双方向の愛ではないからです。求め過ぎると、相手を押しのけ、気持ちが離れるのです。

他の女性をあさるのを止められないのも、「もういい加減、俺と離れてくれない?」と思っている証拠。反発みたいなものです。

それは、離婚したいとか、近寄るなという意味ではなく、傍に居たいけど、「精神的に寄りかかるな」ということ。

「じゃあどうすれば完全にラブラブになれるの?」と考えてしまいますね。

でもその完全なラブラブって一体なんでしょうね。

どういう状態なのでしょう。

この人の真の愛を受け取りたい、自分だけをずっと愛してもらいたい、嘘や疑いも完全に無くなって、こころが完全に繋がりたい。

かな。

「だからそうなるには、単にパートナーが浮気をしなければ済む話しでしょ?なんでそうしてくれないの?」そう誰もが思いますね。

まぁ、そうなんですが、でもたとえご主人の携帯やスマホに怪しいメールが一切無くなったとしても、怪しい行動が全く無くなったとしても、座敷牢に閉じ込めて24時間監視できたとしても、あなたの心は多分、完全には晴れないでしょう。

なぜならそれは真に望んだことでは無いから。

欲しい状況ではないから。

愛じゃないから。

「何が」あなたに完全な安心と笑顔を与えてくれるのでしょうか。

ご主人の誓いでしょうか、約束でしょうか、保証でしょうか。

でも、どこまで行っても、何一つ確かなものは無いんだよね。

実は、現実は関係なくて、得るべきものは自分の「満ちた心」なんですよね。

「満ちた心」は、相手が与えてくれるものではなく、自分で得るものです。
それがなければ、どんなものを与えられても満足はしないし、逆に言えば自分の「心が満ちて」いれば、相手のことをコントロールしようとは思わなくなるのです。

だからあなたが今すべきことは自分で自分に与えること。

今の自分にできることで一番楽しく嬉しくなること、ときめくことを行ってください。
好きな物、好きなことを見つけて味わってください。

そうして癒された心を拡大していくのです。

まずはご主人の携帯なんか見ないで、キラキラな時間をお過ごしください。

ある日ふとした好奇心から、主人の携帯メールをこっそり見てしまったのがすべての始まりでした・・・。 ジュディの「ラブラブ夫婦が使っている魔法のコミュニケーション法」テキスト はこちらから
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