悪い事ばっか浮かんでしまいます。

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こんにちは!

ジュディです。

今週末はセッションなどで仙台行きますが
3月は関西方面にも行こうかなと考えています。

心配なのはお天気だけですね。
そこはいくら考えてもどうしようもないですが(笑)

タイミングが合えば、ジュディに是非会いに来てくださいね。

さて、「悪い事ばっか浮かんでしまいます。頭ではわかっています。気持ちがついて来ない。」というお悩み。

もう何年も、何度も繰り返すこのわな。
どうすればいいのでしょうか。

あまりにも思考がグルグルする、体調が悪いなど、休息が必要な時は、どうぞゆっくり休んでください。
どこかリラックスできる場所へ・・・。

疲れているというサインもつい見逃してしまいますが、休んでも大丈夫ですよ。
その流れに乗りましょう。
必要なことですから。

それと、思考が変わらないという場合は、もしかすると「観念」がそうさせている場合もあります。

「観念」って、思い込みというか、「そういうものだ」って思っている常識みたいなやつ。
それがきつくなると、「~ねば」「~べき」「~しなくては」になっていきます。

辛いのに、現実と合わないのに、がんじがらめになっている状態です。
それは「不合理的思い込み」と言います。

その中でも、誰でもが思っていること、たとえば、

「重大な問題は簡単には解決できない」

「人生が変わってしまうほどの問題は深刻になるべき」

など。

それってね、ある意味嘘なんです。

というか、どんなときでも適当に軽薄でオッケー!てなことではなく、自分自身の加減を知るってことなんです。

例えば、愛情の問題で、夫に愛されていない、離婚されそうなどの問題が起きたとき、重大な問題だとは思いますが、あなたの体を壊すほど深刻になる必要があるの?ってことなんです。

でもそう言うとね、「あ、バカにいしている」とか「他人事だと思って」とか、「だってそうなっちゃうんだもの仕方ないでしょ」「私は苦しいのよ!」と、そう思うかもしれません。

けれども、人生で大事な問題が起きたとき、解決に時間はそんなにかかる必要はあるのかな?

体を壊すほど深刻にならねばならないのかな?

自分にとって本当に大切なことは何だろうな?

自分の未来や可能性はこの問題に時間を割くためだけのものなのかな?ってちょっと考えてみてください。

もしかすると問題解決に時間がかかる方が、「あたりまえでしょ」とか、「私の観念が守られる」という理由でそうなっているのかも知れません。

体を壊すほど深刻になる方が、「事の重大さをみんなに分かってもらえるかもしれない」、というストーリーになってしまっているのかもしれませんね。

「そんな簡単じゃだめ。許せない。こんなに大変なことなのに!誰か分かって!同意して!」って心の底で思っているのかも。

どうしてそんな不合理的な思い込みの方が強いのか?というと、その観念があなたの生命を守ってきたからなんです。

つまり、本来は自分を守るための機能なのですが、それが「べき」「ねば」になると、「正しさ」と「現実」の間でグルグルになってしまうのです。

長年そういう癖がついているので、今日明日にでも変えられるはずがないとまた思ってしまうかもしれませんが、問題を受け止める前に、自分の中の「時間がかかるはずだ」「深刻にしなきゃ」という観念を取り払ってみましょう。
「そうじゃなくてもいいはずだ」というふうに。

心を痛めた出来事よりも、そちらを受け入れる方が大変かもですけどね。

でもね、そうすることでいままでの時間や労力を無駄にした、って思わなくて大丈夫。
その帳尻は、必ず後で合うのですから。

ここで問題を手放しても、あなたは大丈夫。
いままでよく頑張ってきましたね。えらいね。

荷物を降ろしてもあなたがダメってことではないのだからね。どうか安心してね。

ある日ふとした好奇心から、主人の携帯メールをこっそり見てしまったのがすべての始まりでした・・・。 ジュディの「ラブラブ夫婦が使っている魔法のコミュニケーション法」テキスト はこちらから
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