どうしてお互い素直に受け取れないのか…

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こんにちは!ジュディです。

雨ですねぇ。

ちょっと気温も下がり気味です。

どんよりとした雲が眠気を誘いますが、元気出していこー!

(あ、いつも元気ではあります。^^)

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

「愛されている」に過剰反応しているのは、私も主人もということでしょうか?
先日、ささいなことで主人が怒りだしました。

—–

喧嘩の中で、「人をばかにしている」「お前に気をつかっている」と言う主人の言葉に、それは、私が言いたい言葉だと思いました。

どうしてお互い素直に受け取れないのか…どうしたら、素直に受け入れてもらえるのかを考えなければ、と思いました。
ありがとうございました。 みき

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みきさんありがとうございます。

愛されているかどうか、大事にされているかどうか、そこにこだわると、執着から抜けませんね。

執着は、「上限」があるからです。

愛は無限で無尽蔵なのに、求めると「奪い合い」になってしまいます。

喧嘩、勝敗、奪い合い・・・

そんなときは、「奪われると失う、自分だけが損をする」という思い込みを解除する機会だということなのでしょうね。

愛なんて、無料でどんどん湧き出すもの。

損をするなんて本当は無いのです。

「人を馬鹿にしている」と感じるのは、自分で自分をそう設定しているということなので、どこかで一度、自分をちゃんと再評価することです。

周りに信用されていない、子ども扱いされる、馬鹿にされる・・・

そう感じたら、大人の態度を学習してゆきましょう。

私も40歳くらいになるまで、そこの部分が解せなくて。

自己評価が低いのだ、自分で自分を認めてあげられなくて、他の人に認めさせようとしていた・・・ということに気付くまで、かなりかかりました。

(><;)

でも、そこを抜け出ると、とーってもラクになりました。

自分を自分で認めてあげてもいいんだ!って、腑に落ちたのです。

素直じゃなかったからねー。

すっごい大変でした。ふふ。

自分がオッケーだなんて許せなかったのでしょう。

今思うと、笑っちゃいますけど。

どうか、そのままの自分にオッケーしちゃってください。

いまこの瞬間を丸ごと認めちゃってください。

どうせみんな素晴らしい光なんだからね。

(‘-^*)/

ある日ふとした好奇心から、主人の携帯メールをこっそり見てしまったのがすべての始まりでした・・・。 ジュディの「ラブラブ夫婦が使っている魔法のコミュニケーション法」テキスト はこちらから
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