「俺はすごく妻を愛している。俺って愛妻家。」と、主人は多分思っています。

よく「愛している」と言われますし。

彼は、自分がしたことで愛情を示せていると、思っているでしょうね。

でもね、実はそれ私とあまり関係が無いの。あはは。

主人の独り相撲?独りダンス?かな。

 

でもそれも分かっていて、主人が意識していないことで、私は愛と幸せを感じる方が多いのです。

旦那、ご苦労!(笑)

それは深く深く愛してもらってはいますよ。

はい、そう感じます。

 

私とあまり関係が無いというのは、ちょっと冷たい言い方ですが、感じることが愛かなと思うので、表面的に何をしたとか、しないとかで、計ることはしていないということなのです。

もうね、大雑把なの。愛が(笑)

もはや生きているだけでいいのね。

居るだけでいい。

 

なんでこんなこと書いているのかというと、なんとなく最近、世知辛いなぁと感じることが目に付いてしまって。

 

たとえばモラハラな旦那さんとか。

もったいねーなーって。

自分の情けなさでお別れすることになったりして、それってすんごくもったいない。

金の延べ棒やダイヤモンドを捨てるよりもはるかにもったいねー!と思うのです。

 

だって、その責めている奥さん、旦那の本体だぜ?って思うのね。

知ってた?

男の本体は女です(笑)

 

暴言を吐きまくって、お前には関係ない!!とか言っているのって、まぎれもなく

『本当はつながりがあるということの証明』なんじゃないの。

 

男女は生命の宿る卵みたいなもの。

男は殻で、女は中身ね。

大事な中身・黄身(君)を出しちゃったらお前死ぬんだぜ?ってこと。

 

暴言を吐く人って、『自分の情けなさに気づいちゃうのが怖い人』なので、暴言吐かれたら、

『あ、この人怯えているんだ』

って思ってください。

 

弱い犬ほどよく吠えるってね。

 

そういうことです。

 

 

ある日ふとした好奇心から、主人の携帯メールをこっそり見てしまったのがすべての始まりでした・・・。 ジュディの「ラブラブ夫婦が使っている魔法のコミュニケーション法」テキスト はこちらから